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なかやま鍼灸整骨院
京都市で鍼灸整骨院を開業されていて、観照塾では合気道だけで無く、それに基づいた治療方法も教えて頂いています。
見た目以上に話しやすい方で、私が観照塾に入ったときに最初に声を掛けて頂いたことを覚えています。

かわかみ吉祥堂。
大阪市で鍼灸院を開業されており、鍼灸や運動処方を用いた治療を行なっておられます。
以前に治療の様子を見学させて頂いたことがありますが、非常に丁寧な診断と、そこから導き出される一穴に絞っての鍼治療には驚かされました。

治療家になるために
私が柔道整復科に通っていたときの同級生で、現在も観照塾や健康維持互助会で色々と教えてもらっています。
年下とは思えないほどしっかりした性格で、見習いたいと思うことが多々あります。

引用五行

今年の「土用の丑の日」は七月二十六日でした。
昨日は食事に鰻を出された家庭も多かったかと思いますが、その由来はご存知でしょうか。

そもそも、「土用の丑の日」というのがどこから出てきたかと言うと、紀元前の中国で広まった「陰陽五行説」に基づいています。
「陰陽説」とは全ての事象を陰と陽という相反する属性の相互関係によって、「五行説」とは万物の成り立ちを木・火・土・金・水の五つの要素によって説明する考え方で、後にその二つの理論が組み合わさり「陰陽五行説」と呼ばれています。
東洋医学も、この「陰陽五行説」に基づいて作られており、東洋医学の古典である『素門』には以下のように記されています。

東風は春に生じ、病は肝に在り、兪は頸項に在り。
南風は夏に生じ、病は心に在り、兪は胸脅に在り。
西風は秋に生じ、病は肺に在り、兪は肩背に在り。
北風は冬に生じ、病は腎に在り、兪は腰股に在り。
中央は土と爲す。病は脾に在り、兪は脊に在り。
~金匱真言論篇 第四 第二節


五行目の「中央は土と爲す」とは、土とは方角においては東西南北の中央、四季においては「土用」であるという意味です。

「土用」を理解するためには、一年(三百六十四日)を
→立春(一日)→春(七十二日)→春の土用(十八日)
→立夏(一日)→夏(七十二日)→夏の土用(十八日)
→立秋(一日)→秋(七十二日)→秋の土用(十八日)
→立冬(一日)→冬(七十二日)→冬の土用(十八日)
に分けて考えます。
「土用」は一年に四回あるため、合計すると四季それぞれの日数と同じ七十二日となり、これが土に属します。

「丑の日」は「陰陽五行説」から発展した「五運六気説」によって決められています。
「五運六気説」とは、十二支の「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」と、十干の「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」を組み合わせて年・月・日などを表す際に用いられます。
その中で「丑の日」が選ばれた理由には諸説あるようです。
土は先ほど述べたように、五行説で中央に位置し、「万物は土中に生じ、万物は土中に滅ぶ」とも言われるように、全ての事象は土に帰属すると考えられています。
そのため、土の性質を持つ「土用」と土の性質を持つ十二支の中で最初に回ってくる「丑の日」が選ばれたのではないかという説が有力のようです。
本来、「土用」も「丑の日」も一年間に何回もありますが、現在は、夏の「土用」の最初の「丑の日」を指して「土用の丑の日」ということが多いようです。

引用文に「病は脾に在り」とあるように、土は人間の身体においては、脾と関連が深いとされています。
脾は消化や栄養の運搬に関わる重要な役割を持っており、単に解剖学の脾臓を指すものではありません。
つまり、「土用の丑の日」が一年の中で最もよく脾が働く時期であり、その時期に栄養価の高い鰻を食べることによって、暑い夏を乗り切るための土台を作るという習慣ができたようです。
鰻が選ばれた理由としては、「丑」と鰻の「う」が掛かっていることから始まった歴史上の話もありますが、要約すると節分の巻き寿司と同じように商売の一環として始められたということでしょう。

東洋医学を勉強していると、治療に関することだけでは無く、身近なところでの発見もたくさんあります。
陰陽五行説は決して科学的とは言えませんが、それが今でも日本人の生活に深く取り入れられているということは、現代科学とは違った意味での合理性があるからだと私は思います。

<参考文献>
『陰陽五行説 その発生と展開』 著者:根本幸夫/根井養智 発行所:株式会社じほう
『素門ハンドブック』 著者:池田政一 発行所:医道の日本社

活動報告04

健康維持互助会 2010.07.25
昨日の健康維持互助会はK元くんの指導のもと行ないました。
今回のテーマは「骨盤の動き」で、まず、立位や仰臥位で自分自身の姿勢の確認をしました。

私の場合は座位では骨盤が後傾するため、座布団の上で、足を開いた体育座りのような姿勢になり、骨盤の回旋や反る丸める運動を行なう方法を教えてもらいました。
最初は、第1趾と膝と鼠径部を直線上に繋げるという前提条件ですら満たすことが難しかったですが、様々な方法で自分自身のバランスを調整することで、無理な力を入れることなく出来るようになりました。
バランスの調整方法としては、片手を挙げた状態で呼吸の入りにくい部分を意識して伸ばしたり、仰向きで骨盤の反る丸める運動を補助してもらいながら行なったりしました。

その後、正座の姿勢になると、鼠径部の溝が深くなり、自分自身の下半身の横幅が細くなるような感覚がありました。
それにより合気上げも楽に掛けられるようになり、鼠径部だけで無く、身体全体において常に良い状態を作ることが重要であることがよく分かりました。

他にも、骨盤の動きと関連して、力を入れずに指圧をする方法も教えてもらいました。
まず、四つんばいで猫のように骨盤の反る丸める運動を行なう練習をしました。
息を吸うことでバランスの良い体勢になり、その外枠を保ったまま息を吐くことで、重力方向に伝わる力が生まれ、それがそのまま押圧という動作に繋がることを学びました。
その際は、一点で接するのでは無く、脚や空いている手を添えることで患者に安心感を与えたり、患者の姿勢を整えたりすることが重要だと分かりました。

また、K元くんがM岡さんから、勉強会の進め方についてのアドバイスを受けているのを聞き、教えることの難しさを改めて感じました。
教える相手は、みんな身体の使い方も考え方も異なるため、それぞれに応じた接し方や教え方が必要であることが分かりました。
来月の健康維持互助会の企画担当者は私なので、これから一ヶ月、そうしたことも意識しながら勉強会の計画を組み立てておきたいと思います。

駄駄小ネタ

当ブログに何度も来て頂いている方は、薄々感づいておられるかも知れませんが、私は言葉遊びが好きです。
言葉遊びと一口に言っても、和歌の掛詞のように作品として残るものから、日常よく耳にする駄洒落に至るまで様々な表現方法があります。
日本語は、漢字、平仮名、片仮名、英数字といった多様な文字を同列に表現することが出来るため、言葉遊びにはもってこいの言語と言えます。

私は、普段の生活の中で、語感の面白い単語を聞くと、ついつい他の言葉に置き換えられないかを考えてしまうことがあります。
同じ音で、思いも寄らない意味を指す言葉に思い当たったときは、肝心な話の内容を忘れてしまうほど嬉しくなります。
おそらく小学生の頃からだと思いますが、そうして思い付いた内容は、出来るだけノートに書き残すようにしています。
今から、芸人や漫画家に転向して成功できるとは思っていないので、特に使うアテはありませんが、現在もその習慣は続いています。
さほど必要の無いジャムの空き瓶をなかなか捨てられないのと同じように、せっかく思い付いたアイデアを忘れてしまうのは勿体無いから、という貧乏性が一番の動機でしょう。
ノートのあちこちに走り書きをしたもので、たまに見直してみると、思わずほくそ笑んでしまうような出来の良いものから、さっぱり意味が分からないものまで色々あります。
特に出し惜しみをするつもりはありませんが、適材適所と言うように、言葉遊びも、それを活かせるかどうかは、使う場やタイミングに大きく左右されるように思います。
もし鯵の鯉「ネタ」を鮃い鱈、鯒らのブログというまな板の上で鰈に鯖けるようになり鯛と願ってい鱒。

湯呑み

本の紹介03

よくわかる奇経治療

『よくわかる奇経治療』

著者 宮脇和登
発行所 たにぐち書店

以前、私が所属していた「東洋はり医学会」で、奇経治療を行なう際に使用していたテキストです。
奇経治療は即効性があり、患者が最も強く訴えている症状を軽減するという目的でよく用いられます。
この本には、宮脇先生が考案された奇経腹診の方法が詳しく記載されており、証の決定が比較的容易に行なえます。
また、主治穴として、八総穴以外に太衝-通里と合谷-陥谷が加わっていることも大きな特徴であると言えます。

感想文20

観照塾 2010.07.17
昨日の観照塾では、合気上げの応用を学びました。
上げたあとに相手を落とす方法として、合気下げ、合気切り、合気落としの三種類があることを知りました。
手の動かし方はほぼ名前の通りで、上手く相手を動かせるようになると、落ちる場所をそれぞれ相手の後方、前方、自分のすぐ前、と使い分けられることが分かりました。
また、柔道の一本背負いのような流れで行なう投げ技を練習しました。
一本背負いと入り方は似ていても投げる側は反対で、特に大きな違いは、柔道のように相手の腕を引っ張って投げるのでは無く、相手の動きを制限する方向に回すことによって自然に転ばせるという印象を持ちました。
他にも、手掌を自分の顔に向けたり、両腕を交差させたり、といった様々な技の掛け方を学びました。
そうした練習をする中で、手の使い方の重要性を教えて頂きました。
指一本ずつの向きによって、自分自身の身体の使い方や相手に伝わる力の方向が変わり、それが技の効果の程度に大きな影響を与えていることが分かりました。
観照熟後の夕食時に、I川さんとK元くんがお互いに治療し合っておられるのを見ていると、治療をする際にも手の形が重要であることがよく分かりました。
来週から二週間休みになりますが、手の形作りを含め、しっかりと復習しておきたいと思います。

絵嘗める室

印象派とモダンアート展

昨日は、天保山のサントリーミュージアムで行われている「印象派とモダンアート展」に行ってきました。
会場に入ってすぐに、モネの連作がありました。
上のチラシの絵もその一つですが、ロンドンのウォータールー橋を、天気や時間帯を変えて何作も描き分けている作品です。
私は、その中では「霧の中の太陽」という作品が一番好きでした。
印象派という言葉の由来になったと言われる「印象、日の出」と同じような雰囲気の作品で、海やそこに映る光の表現が素晴らしかったです。
目を離すのが惜しい感じがして、近付いたり離れたりしながら、しばらく観ていました。
有名な画家の作品がたくさんありましたが、私は絵画では特に風景画が好きで、他にはピサロやシスレーの作品も良かったです。
モネの連作は見渡せるように円形に、様々な画家による花の絵は個別に見られるように狭い通路に、といったように絵画の印象を際立たせるための配置にも様々な工夫がみられました。
ただ、印象派から現代芸術までの変遷を辿るというテーマだから仕方ないとは言え、前半の印象派の絵画のインパクトが強すぎて、どうしても後半の現代絵画が物足りなく感じました。
写真の発明により写実主義から印象主義へと変化し、その後、絵画という枠組みからの脱却のために、更にそこから色々な試みが行われていることは分かりましたが、特に感銘を受ける作品はありませんでした。
結局、もう一度モネを始めとする印象派の絵画を観たくなり、また最初から観なおして帰りました。

その後、隣にある海遊館にも行きました。
小学生のときに一度連れて行ってもらったことがあるのですが、全く印象が変わりました。
その頃はサメやイルカなど体が大きい動物、動きが派手な動物に目がいっていた気がしますが、昨日は、どちらかというと動きが少ない動物を見ているのが面白かったです。
海底や岩陰を見ると、意外に寝ている魚がたくさんいました。
クラゲの泳いでいる様子を見ていると、伸縮の動きや、その時の緩急のつけ方がヒトの呼吸と似ている感じがして面白かったです。
余談ですが、クラゲが逆さま向きで岩に付くようになったものがイソギンチャクだということを、初めて知って驚きました。
クラゲやイソギンチャクは刺胞動物というそうで、同じような体の構造をしているようです。
動物の解説も、ヒトの解剖学や生理学と照らし合わせてみると、似ている点も全く違う点もあり、色々と新しい発見がありました。

なかなかの悪天候でしたが、そのおかげで美術館も海遊館もすいていたので、ゆっくり観ることが出来ました。
自然の風景や動物も、それを画家の目を通して描かれた絵画も、どちらも素晴らしいと思いました。

感想文19

観照塾 2010.07.10
昨日の観照塾では、襟を持たれた状態、肩を掴まれた状態など、様々な状況で技を掛ける練習をしました。
今回はN山さんに、きちんと段階を踏んで技を掛けていくことの大切さを教えて頂きました。
大きく息を吸って上半身を上げ、外側を維持したまま息を吐き、肩、肘、手首と順番に関節を緩めていくことで、初めて上肢が自由に動かせるようになり、相手を動かそうとするのはそこからであることを思い出しました。
この一連の動作は、今回練習した技に限らずに全ての技に共通することで、それがいつの間にか、おろそかになってしまっていたことに気付かされました。
きちんと段階を追いながら練習している内に、充分に力を抜くことの重要性が分かってきました。
今まで、どうしても相手に向かうほうに意識が行きがちでしたが、自分自身の余分な力が抜けているからこそ、力のぶつからない方向が掴めるようになり、また、その落差により相手に伝わる力も大きくなることが分かりました。
今後は、相手の体勢や接触している場所などの見かけ上の変化に囚われず、どのような状況であっても共通している部分を大事にして、練習を積んでいきたいと思います。

実体見

私は、小さい頃からずっと、実体がよく分からないものに惹かれていたような気がします。
私の家には図鑑の全集があり、動物や乗り物などの図鑑も見ていましたが、最も興味があったのは宇宙だったと思います。
最初は惑星の写真を眺めているだけでしたが、だんだん、宇宙の果てはどうなっているのか、宇宙が完成する前は何があったのか、といった疑問を持つようになり、その答えが知りたくて仕方ありませんでした。
当時は、大人になれば、これらの謎が解けるものだと思っていましたが、未だによく分かりません。

キッカケは忘れましたが、高校生のときにアインシュタインの「相対性理論」を知り、関連書物を読みあさったことを覚えています。
難解な数式などは理解できませんでしたが、時間の流れや物質の質量というものが一定では無いというのが面白く、また、それが事実であることに驚きました。
自分自身の中の常識が変わる瞬間というのは、そうそう訪れるものではありませんが、これを初めて知ったときは世界観が変わる思いをしました。

現在、私は東洋医学や合気道を通じて『気』の勉強をしていますが、これも現代の科学では、実体がよく分からないとされているものです。
最近は、様々な本に書いてある定義によるものでは無く、自分自身の実感として、「『気』とはこういうものかな」と感じることが時々あります。
それが今後、「こういうものだ」という確信に変わる日が来るのかどうかは分かりません。
私が他の人の言葉を引用しても無意味なように、頭で理解できる範疇に収めてしまうこと自体が間違いなのかも知れません。
とりあえず今は、宇宙や時間と同じように、「実体はよく分からないが確かに存在するもの」ということが実感できれば、それで充分であるような気がしています。

宇宙

古本屋依存度チェック 第二版

問題数が増えたこと以外は、第一版とほぼ同じです。
まだチェックしたことの無い方、前回の結果に不満があった方はやってみてください。

今回、私の得点は59点でした。
前回よりも少しだけ点数が高くなりました。



感想文18

観照塾 2010.07.03
今日の観照塾では、様々な形での合気上げを行ないました。
決まった型が無いものを無理にまとめると、以下の三点が特に重要であるように感じました。
一つ目は、相手の力の方向を感じることで、それによって自分の身体の使い方や相手を崩す方向を変えて行く必要があることが分かりました。
二つ目は、相手の緩みを取り続けることで、相手が自由に動く余地を与えずに、常にバランスの変化を取り続けなければならないことが分かりました。
三つ目は、相手のバランスが変化しても、自分自身は常に動きやすい状態を保つことが重要であると感じました。
姿勢が崩れないことはもちろん、指先や手首の可動域を確保しておくことで、無駄な力を入れること無く、最後まで技を掛けきることが出来るということが分かりました。
また、片手を掴まれた状態では、もう一方の手を添える意識を持つことで、両手ひいては全身のバランスが取りやすくなり、上手く技が掛かることも分かりました。
これらのことを頭で考えずに行なえたときは、楽に相手のバランスを崩すことが出来るように感じました。
まだ、ふとしたことで全く技が掛からなくなることも多いので、I川さんの心理作戦にもビクともしないくらいの強靭な精神力も身に付けていきたいと思います。

 

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