本の紹介06

そして誰もいなくなった

『そして誰もいなくなった』

著者 アガサ・クリスティー
訳者 清水 俊二
発行所 早川書房

早川書房から出版されているアガサ・クリスティーの作品は大体読みましたが、他にも面白い作品は沢山あります。
どれも何らかのアイデアが含まれており、意外なトリックや構成上の工夫を思い付く独創性と、それを作品として完成させる作家としての技量に感心させられます。
また、クリスティーの作品はミステリーとしての完成度もさることながら、人間観察に優れており、人物の描写が丁寧なのも私が好きな理由の一つです。

ここでは、本の内容については、あえて触れないでおきます。
ことに推理小説においては、前知識を持たずに読むほうが楽しめるのは間違いありませんので。

活動報告06

健康維持互助会 2010.09.26
今月の健康維持互助会は、SRさんに「三軸修正法」による治療を教えて頂きました。
私は「三軸修正法」に関して、柔道整復の専門学校で特別講習を受けたり、関連書物を読んだりして、多少の知識はありましたが、実際に治療として行なったことはありませんでした。

まず、体幹の前後屈・側屈・回旋を行ない、自分自身の身体の可動域を見ました。
そして、実際に触れなくても、お互いの引力によって可動域が変化することを確認しました。
体幹が前屈しにくい場合は、誰かが前方に座ると可動域が広がり、後方に立つと狭まりました。
それから、配布して頂いた資料を見ながら、自分で身体を動かして可動域を改善する方法を練習しました。
例えば、体幹を左に回旋してから右に側屈すると、それらの動作の複合によって前方に向かうベクトルが生まれ、前屈しやすくなることが分かりました。

そうした動作を、相手の身体に誘導してあげることが治療となることが分かりました。
メンバーが順番にモデルとなり、可動域や吸気の入りやすさを参考にしながら、「三軸修正法」によって姿勢を改善する練習を行ないました。
治療を行なうと、変化は良い方向にも悪い方向にも、明らかに姿勢が変わったと分かる程はっきりと表れました。
治療効果を良い結果に導くためには、最初にきちんと相手の動きを評価しておくことが不可欠であることが分かりました。
可動域が減少していても他の部分で補う「見かけ上の動作」に騙されないように、場合によっては骨盤を把持して動作に制限を加えるといった工夫が必要があることが分かりました。

改めて「三軸修正法」を教えて頂いて、私が色々な場所で見聞きして抱いていたバラバラなイメージがまとまり、全体像が見えた気がします。
練習を行なう中で不思議だと感じる点は沢山ありましたが、以前ほど「特殊な世界」だと思わなくなったのは、私自身の身体に対する見方や考え方が変わったからかも知れません。

後半はM岡さんに、側臥位で四肢を動かすことによって、肩関節や股関節の可動域を改善させる方法を教えて頂きました。
治療においても、把持している部分の「実感が無い」状態を追っていくことで、相手の中心と繋げたまま「有る」状態を探れることが分かりました。
それ自体が診断であり、そのまま治療にも結び付いているという点が印象に残りました。

SRさん、M岡さん、今日は治療法を教えて頂いて、ありがとうございました。
実技を中心とした内容で、起こった変化を自分の身体をもって感じることが出来て、とても勉強になりました。

来月の健康維持互助会の企画担当はKMさんです。
お灸1000壮も勃発して忙しいかと思いますが、準備の程よろしくお願いします。

感想文27

観照塾 2010.09.25
昨日の観照塾では、特に股関節の動きに注目して練習を行ないました。
最初に、赤ん坊のように、身体の力を使わずに呼吸とバランスによって寝返りをする練習をしました。
呼吸によって上にある側の肘が後方に移動すると、自然に同側の股関節が開き、重量のバランスで反対側の股関節も引き寄せられ、その動きが再び上半身に繋がると楽に寝返りが出来ることが分かりました。
そのように最後まで連動するためには、頭部の位置や足関節の角度といった、姿勢の取り方が重要であることが分かりました。
そして、片脚の移動からの連動によって体幹の方向を変えるという動きは、歩法や技を掛けるときの立て替えも同様であることを学びました。
また、立位で上肢を動かす際にも、肘関節と股関節の動きが対応していることが重要だと分かりました。
私が行なうと、動きがバラバラになったり、肘関節や肩関節に力が入ってしまったりして、なかなか「実感が無い」状態を再現することが出来ませんでした。
寝返りにこれほど重要な動きが濃縮されているとは思いも寄りませんでしたが、全身の動きの連動という観点から上手く行なえるように見直しておきたいと思います。

重い月

棟方志功

昨日は大丸ミュージアムKYOTOで行なわれている「棟方志功 祈りと旅」を観に行きました。
棟方志功といえば仏教を題材にした版画のイメージが強かったので、もっと固い内容かと思っていましたが、日常を描いた風景画や人物画も多く、絵画として単純に楽しめました。
人物画では人間が生き生きと描かれており、どれも表情が豊かで、身体からは枠に収まりきらない力強さを感じました。
風景画では、現代版の『東海道五十三次』を目指して作成された『東海道棟方板画』が特に良かったです。
東海道を旅する中で見かけた要所要所の風景が、色彩豊かに表現されており、とにかく色使いが綺麗でした。
一部分を見ると何が描かれているのか分からないほど荒々しいタッチでも、全体として眺めると風景の雰囲気がよく伝わってきて感心しました。

夕方から名月管絃祭が開催されるということだったので、下鴨神社に移動しました。
平安時代には、「中秋の名月」に観月の会と併せて、豊作祈願を雅楽で表現し奉納するという風習があったようです。
日が暮れると、平安装束を身に着けた人々による、尺八や琴といった管絃の演奏や、王朝舞という舞踊が行なわれました。
演奏や舞踊が行なわれている建物の中だけ、時代が遡っているような不思議な空間でした。

曇り空のため残念ながら月はほとんど見えませんでしたが、演奏を聴きながらゆっくりとした時間を過ごすことができました。
都会で生活をしていると、四季に対する関心が希薄になりがちですが、季節を楽しむ余裕を常に持っていたいと思いました。

刈る田撮り

先日は連休だったので、実家に帰省していました。
私の両親は農業をしており、今回はちょうど稲刈りの時期だったので、私も作業を手伝いました。

現在は農業も機械化が進み、多くの農作業を農業機械の力を借りて行なうことが主流となっています。
また、除草や害虫駆除を目的として農薬を使用することが一般的です。
しかし、私の両親は、稲の苗を育てるところから、田植え、除草、稲刈りに至るまで全て手作業で行なっています。
稲刈りにおいては、稲を鎌で刈り取り、束にして縄でくくり、稲木の側まで運び、それを架けていくというのが一連の流れです。
それぞれ分担して行ないますが、中腰の姿勢で長時間の作業をしたり、稲の束を抱えながら何往復も運んだりと、なかなかの重労働です。

そうした手間は掛かりますが、機械を使わずに手作業で稲刈りを行なうことには優れた点が沢山あります。
脱穀した米を機械で急速に乾燥させるのではなく、時間を掛けて天日干しすることで、米の品質を低下させることなく保存することができます。
また、稲木に逆さ向きに架けることで、稲の茎に含まれる栄養分が穂のほうに下りていくため、おいしい米ができると言われています。
そして、脱穀後に残った藁は、農作物を育てるため、日用品を作るため、もしくは火をおこすためといった様々な用途で役立てられます。

今年の夏は気温の高い日が続き、暑さや水不足による不作が心配されていましたが、それほど大きな影響はありませんでした。
まだ少し先のことになりますが、新米を食べられる日が楽しみです。

田んぼ

感想文26

観照塾 2010.09.18
昨日の観照塾前には、M岡さんに仰臥位での腹式呼吸法とその動きの上肢・下肢への連動を教えて頂きました。
吸気とともに下腹部に集まった力を、上手く季肋部後方に移動させることが出来ると、腰部を中心として、頭部や下腿部が下から掬われるように楽に挙がることが分かりました。

観照塾では、「実感」が有る時と無い時の違いを学びました。
「実感」が無い時は、相手の腕を掴んでいても、その実体を感じにくくなり、自分自身の力が抜けてしまっているように感じました。
反対に、腕を強く握られていても、呼吸によって上半身が浮いており、身体の無理な力が抜けていれば、相手の握力をほとんど感じなくなる体勢があり、その状態を途切れないように追っていくことが合気道の技になることが分かりました。
それが取りも直さず、相手と繋がった状態であることが分かり、何度も聴いていた「50対50」の意味するところをやっと感じられた気がします。
私はずっと、相手の首まで繋がっているかどうかを、動かしたときの相手の動きだけで判断していましたが、それは外見上に表れる結果であって、その状態を自分自身の内面の感覚として感じられるということを初めて知って驚きました。
今まで私が行なっていたのは、無数ともいえる相手に向かう方向の中から正解を探り出す当てもののようなもので、「実感」の有無がそれを導き出す指針であることに気付かせて頂いたことは大きな収穫となりました。
これから、「実感」が有るか無いかを大切に身体を動かす練習をしていきたいと思います。

読五感

誰もが今か今かと待ち望んでいたであろう、「読書の秋」がやってまいりました。
私は、近頃は医学関連をはじめとする実用書を読むことが多くなりましたが、娯楽として楽しむのであれば推理小説が好きです。
小学生の時に、学校の図書室で子供向けのミステリー全集を読み始めたのが好きになったキッカケだったと思います。
中学生の頃はコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』やモーリス・ルブランの『アルセーヌ・ルパン』のシリーズを中心に読み、それ以降はアガサ・クリスティーや日本の推理作家の作品を読むようになりました。

一括りに推理小説といっても色々なパターンがあるので一概には言えませんが、その醍醐味はなんと言っても読んだ後の爽快感にあると思います。
前半から中盤に掛けては、犯人やトリックを予想しながら読み進めますが、解けない疑問というフラストレーションが溜め込まれていきま
そして、クライマックスが近付いてくると、それらがどのように解決されるのだろうという期待感が高まります。
その期待に応えてくれる推理小説では、今までの謎に対する答えが分かったときに、バラバラに浮いていた泡が一つに集まり、それが弾けるような独特な感覚を味わうことができます。

映画やゲームでも同じような試みはありまが、推理小説の優れた点は「本」という形にあると思います。
活字から情報を得るには、ある程度の能動性が必要であり、内容をしっかりと理解しようとれば、自分の頭の中で映像化しなければならないという想像の余地があります。
また、ページをめくったときの音や風、残りのページが少なくなってきたことを感じる指先の感覚、作者が用意した答えがすでに存在しているという本自体の重み、そういった視覚以外から伝わる情報も「本を読む」という行為を形成する大きな要素であると思います。

単なる文字の組み合わせである文章が、読む人の様々な感情を呼び起こすということは、よく考えてみると不思議な気がします。
推理小説にはとても及びませんが、私も文章を書く際には、気持ちよく読み終われるような文章を書けるようになりたいと常々思っていま



ところで、文章中の抜けた部分には何の文字が入るのでしょうか・・・。
この程度であれば、「すいり」するまでもありませんね。

シャーロック・ホームズ

感想文25

観照塾 2010.09.11
昨日の観照塾では、下半身の使い方に重点を置いて取り組みました。
相撲の四股を踏む動作では、足首の角度を保ち、鼠径部を締めたまま骨盤を3時9時の方向に動かすことで脚を上げる練習をしました。
骨盤の傾きにより自然に脚が上がると、上半身に無理が掛からず、そこからさらに重心の移動を自由に行なえるようになることが分かりました。
それから、立位でお互い向き合いながら、押っ付けの練習をしました。
片手を相手の前腕後面に付け、それを相手の首まで繋げた上で、同側の下肢で鼠径部を締めたまま前方に体重移動させることにより送り出すことが出来ることが分かりました。
そして、相手に馬乗りになられるという不利に思える状況であっても、骨盤が自由に動かせ、相手のバランスが崩れる方向を追うことが出来れば、簡単に立場が逆転してしまうことに驚きました。
私は、骨盤を動かす際に、12時6時や3時9時の動きを別々に行なっていることを指摘されました。
普段の練習では蝶番のように一軸性の動きとして行なうことが多かったですが、それらを複合させていくことの必要性を感じました。
また、今までテレビで相撲の中継をしていても漠然と観ていましたが、技の一つ一つに含まれる動作の奥深さを知り、もっと丁寧に動きを観ていきたいと思いました。

本の紹介05

まんが経穴入門

『まんが経穴入門』

著者 周春才
訳者 土屋憲明
発行所 医道の日本社

正経十二経と奇経の督脈・任脈に所属する全ての経穴の名前の由来が、絵とともに分かりやすく解説されています。
多くの経穴は位置や作用に基づいて名付けられており、地形や動物に例えられた経穴の説明を読むと、古人の発想の豊かさに驚かされます。
また、経穴の名前には共通する漢字が多く用いられており、それらを知るだけで経穴の特徴について予想がつくことがよくあります。
一例として、任脈の「関元」を取り上げてみると、次のように書かれています。

>「関」は関所、重要な場所、「元」は元気を指す。
>この経穴は臍下丹田の位置にあり、人体の真気、元気が生まれる所で、呼吸の門でもある。
>全身の臓腑、経絡の根本でもあるので関元と呼ばれる。(以下略)

ソラ見レド

昨日は、ZeppOsakaで行なわれたスピッツのライブ「Spitz JAMBOREE TOUR 2010」に行ってきました。
本来は7月に行なわれる予定だったのですが、メンバーの体調不良により延期し、その振り替え公演が昨日ありました。
チケットを買ってからかなり待ちましたが、その甲斐があったといえる良いライブでした。

私は中学生の頃からずっとスピッツが好きで、今でもよく聴いています。
ライブでは、馴染みの曲から未発表の新曲まで、およそ二十曲が演奏されました。
CDで何度も聴いている曲でも、ライブで観ると印象が変わり、また聴きなおしたいと思う曲がたくさんありました。
スピッツのライブでは、過激なパフォーマンスや派手な演出は全くありませんが、その分じっくりと曲を聴くことが出来ました。
途中、曲のリズムに合わせて身体が前後や左右に自然に揺れていることに気付きました。
この状態を覚えておけたら合気体操に活かせるのではとの考えが頭をよぎりましたが、それは欲張りというものでした。

台風の影響で再び延期になるのではないかと心配されていましたが、「Spitz JAMBOREE TOUR 2010」は無事終了しました。
アンコールで演奏された『夏が終わる』という曲が、特に印象に残りました。

秋空

感想文24

観照塾 2010.09.04
今日の観照塾では、太極拳の八段錦を取り入れた練習を行ないました。
一段錦では、立位において前で組んだ手を、まず腹部の前で、次に頭の上まで伸ばして上げ下ろししました。
二段錦では、足を開いて腰を落とした姿勢で、上半身は弓を射るように片方の手を手前に引き、もう一方の手をピースサインで側方に伸ばしていきました。
それらの動作を、上肢の意識によって上げ下ろしするのでは無く、呼吸に合わせて行なう練習をしました。
呼吸によって腕が上がると、相手の身体を浮かすことができ、一段錦では前後に、二段錦では左右に、相手を動かす動作にそのまま繋がっていくことが分かりました。
私はどうしても腕を動かそうとする意識が先行してしまい、呼吸によって上げるという動作を上手く行なうことがなかなか出来ませんでした。
また、私は今まで合気体操の噴水の動作では、一定のペースで息を吸いながら上げて、吐きながら下ろしていましたが、動作の切り替わるポイントで呼吸の入れ方も変えたほうが全体的な動きがスムーズであることが分かりました。
今回の練習で、呼吸という常に行なっている動作の奥深さと、それを自在に行なえるようになることの重要性に改めて気付きました。

 

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