本の紹介13

ことば遊び百科

『ことば遊び百科』

著者 桑原茂夫
発行所 筑摩書房

なぜこんなにたくさんのことば遊びがあるのだろうか。人間が、ことばを思うまま「扱う」ことに、おどろきと不思議さと喜びを感じるからではないかと思う。
ことば遊びを楽しむために


この本には、洒落から回文から暗号文からアクロスティックからアナグラムから、古今東西の言葉遊びが紹介されています。
単なる遊びとしてだけではなく、自分の思いをより強く表現するためであったり、他人に知られたくない情報を密かに伝えるためであったり、様々な理由で言葉遊びが作り出されてきたことが分かります。
優れた作品の解説を読むと、まるで手品を見ているようで、それを作った人達の言葉遊びに懸ける情熱に驚かされます。
遊んでばかりというのは問題ですが、真剣に取り組む中にも遊び心を大切にしていきたいものです。

体験記07

センタリング呼吸法セミナー 2011.04.24
昨日の呼吸法セミナーでは、椅坐位で呼吸法を行ないました。
最初に、椅子に座ったときの膝関節や足関節の角度によって、呼吸の入り方に変化が生まれることを観察しました。
膝窩を両手示指で吊りながら揺らし、重力によって自然に止まるところで下ろすことによって、緊張しない位置を探せることが分かりました。
そこから踵で蹴りだすように重心を後方に移動させながら息を吸うことで、骨盤が後傾し背中が丸まる姿勢になることを確認しました。
さらに、骨盤や肋骨を帯で締めながら、呼吸の入り方を観察しました。
締められているために動きや広がりに制限が加わり、動作の限界や膨らみの偏りが分かりやすくなりました。
骨盤においては普段よりも鼠径部が締まっていることを感じ、肋骨においては前後の膨らみに対しての意識の弱さを感じました。

それから、仰臥位での腹式呼吸を行ないました。
仙骨や腰椎の下に手を置いて頂き、それを畳との間に押し付けるように意識して呼吸を行なうことで、私がまだ動作を可動域いっぱいまで行なえていないことが分かりました。
仙骨の上端が思った以上に上であったことに驚き、脊椎を下から順番に丸めていくという動作の難しさを感じました。
そして、尾骨から後頭骨にかけての背部を丸める動作を充分に行なうことが出来ると、下に入れた手が抜けないくらい強い力で押し付けられることが分かりました。
その力が床から受ける反発力によって、吸気を吸い上げたときには、頭や上肢が上がるほどの強い力が生まれることが分かりました。

M岡さん、KMくん、昨日は長時間にわたって多くのことを伝えて頂き、本当にありがとうございました。
動作の端から端までをきっちり観察するように注意して、練習していきたいと思います。

活動報告12

健康維持互助会 2011.04.24
昨日の健康維持互助会の企画担当は私が行ないました。
考えていたテーマは「揺れ」で、その動きの中で呼吸や骨盤の動きを感じてもらうことを目標としてプランを組み立てました。
立位で何も考えずに揺れる、骨盤の動きを意識しながら揺れる、太極棒を動かしながら揺れる、と進行していましたが、途中で行き詰ってしまったので、ほぼM岡さんに教えて頂く形で進めることになりました。

前方へ向かう「発勁」を行なう中で、陽経を意識して動かすことの重要性を教えて頂きました。
身体において前面に対する意識のほうが強いためなのか、様々な動作において陰経の主導になってしまうことが多いことに気付かせて頂きました。
太極棒を上げるときも前に押し出すときも、陽経を働かせることが出来ると、背部を通って繋がる力が生まれ、負荷を掛けられても動作を続けられることが分かりました。
変化する動きの中で、如何に陽経の流れを途切れさせること無く、方向の転換や動作の継続を行なえるかが肝心であるように思いました。
上方へ向かう「発勁」では、吸気を吸い上げる際の肋骨の締めが重要であることを教えて頂きました。
肋骨が締まる動きと、それに伴う上肢が内側に寄る動きが一致すると、骨盤から下の土台を崩さずに上前方へと腕を伸ばしていけることが分かりました。

また、後半はKMくんに企画を担当して頂き、骨盤の締めをテーマとした練習をしました。
仰臥位で膝を立て、両足の間にボールを挟みながら腹式呼吸を行なうことで、骨盤の締まりや大腿内側の筋肉を使えているかどうかを実感しやすくなりました。
ボールの位置や大きさを変えながら変化を観察する中で、大腿内側の筋肉によってボールの挟み込みを維持したまま呼吸を行なえると、腹筋や大腿前面の筋肉に力を入れることなく骨盤を後傾できることが分かりました。

それから、私は立位で体重を前方に移動したときに膝を突っ張ってしまう傾向が強かったので、立位で膝が緊張していない状態について教えて頂きました。
階段を下りるように骨盤の回旋によって上半身を下ろしていくと、膝と臀部のちょうど中間あたりに重心を下ろしていけることが分かりました。
そこで感じた重心を中央に維持しながら、再び上半身を持ち上げることが出来ると、膝の力が抜けた状態で立てていることが感じられました。
その状態では、手を前方に伸ばしていっても、上肢の内側を通って伸びていく経路が働くため、バランスを崩さずに手を伸ばせることが分かりました。

M岡さん、KMくん、昨日はありがとうございました。
もっと丁寧に自分自身の身体を観察できるよう、練習の仕方を見直しておきます。

感想文53

観照塾 2011.04.23
今日の観照塾では、引き続き剣術の稽古がありました。
最初は、正眼の構えで相手の雷刀を受ける練習をしました。
構えたときに隙のある部位を指摘して頂き、構えには身体各部に対する自分自身の意識の偏りが反映されているように思いました。
また、私が相手の剣を受けたときに、当たった位置から剣が滑ってしまうことが多くありましたが、それは刃筋の向きが逸れてしまっているために起こることを教えて頂きました。
常に相手に刃を向けるように意識することで、お互いの刃が垂直にぶつかり、受けたときの安定感が生まれることが分かりました。
それから、剣でもって相手の攻めを受ける場合には、相手の剣を上から叩き付けたり、そのまま受け流したりと、その場の状況に応じて様々な受け方があることを教えて頂きました。
上半身は力を抜いた状態で骨盤の高さを変えずに近付くことで、相手がどこを狙って打って来ても柔軟に対応できることが分かりました。
足運びとしては、前に出した足を踏み直して相手の攻めを受けることで、体勢を崩さずに重心を移動させることができ、さらに反対の足を踏み出して攻めに転じたり、または引き下がったり出来ることが分かりました。
また、受けたときに身体を伸ばしきっていると次の行動が制限されるので、そのまま無刀取りや合気上げに移るためには伸縮の余裕を持って相手の懐に入ることが重要だと分かりました。
それぞれの型が生まれた意味を考えながら、剣術の稽古をしていきたいと思います。

集合字感

先日、会話の中で万葉仮名に関する話題があり、「文字の持つ雰囲気」について考えてみるキッカケとなりました。
どれくらい共感して頂けるのか全く分かりませんが、私が平仮名に対して勝手に抱いているイメージを紹介してみたいと思います。
五十音全てを書き並べることは、書く側にとっても読む側にとっても有益な時間とは思えないので、大雑把に行で分類してみました。

あ行・・・暖かい・明るい
か行・・・尖っている・硬い
さ行・・・弱々しい・繊細
た行・・・がっちりしている・素朴
な行・・・粘っこい・柔らかい
は行・・・広い・不鮮明
ま行・・・丸い・弾力性がある
や行・・・小さい・個性的
ら行・・・冷たい・滑らか
わ行・・・大きい・主張が強い

こうしたイメージは各人で多少の共通点があったとしても、万人において完全に一致するとは考えられません。
それ自体が意味を持つ漢字ならいざ知らず、単なる記号に過ぎない平仮名にイメージを持つということは、よく考えてみると不思議なことです。
私がいつからこのようなイメージを持つようになったのかを思い出してみると、文字を習い始めた頃から、知らず知らずのうちに染み付いていったような気がします。
もしかすると、文字を学習する過程で、字の形、発音したときの響き、その文字が含まれる単語などから受ける印象も一緒に、文字の一部として記憶の中に蓄積されていくのかも知れません。

より抽象的になりますが、文字に限らず、図形にも、色彩にも、音階にも、やはり一つ一つに対して何かしらのイメージを持っているように思います。
そうしたイメージの集積が、文学あるいは絵画あるいは音楽といった作品に触れたときに、好きか嫌いかという個人の嗜好に反映されているのかも知れません。
周りの評価に惑わされず、「自分にしかない感覚」を大切にして、物事と向き合っていけるようになりたいものです。

花ひらいて

感想文52

観照塾 2011.04.16
昨日の観照塾では、袋竹刀を使った剣術の稽古がありました。
合撃や回し打ちを行なう中で、剣の持ち方や振り方についての指導をして頂きました。
無形の位置からは腹式呼吸によって腹部まで剣が上がり、そこから肋骨を締めながら呼吸を吸い上げることによって、空気の移動と相関して剣を振り上げられることを教えて頂きました。
振り下ろすときは、伸び上がった状態からのズレによる落下に任せることが重要で、バランスを保つためには腹側の伸びを保っておく必要があることが分かりました。
また、私はまだ右手で振ろうとする傾向が強いため、振り上げたときの剣先の向きや振り下ろすときのバランスに傾きが出てしまっていることが分かりました。
それから、雷刀で構えた相手の手関節に袋竹刀を捻り込んで前進するという稽古をしました。
正眼で構えるときには、剣先と片側の肘関節および臍を正中線上におくことを意識しながら練習しました。
剣先と肘で三角形のバランスが取れていると、正中線から外れた位置で相手とぶつかっても構えを保つことができ、かつ臍が相手の中心を押せる方向を向いていると、身体はそのまま前に進めることが分かりました。
そのためには、相手と竹刀が接触したときに、緩みが無くなる状態まで進み、さらに自分の身体を伸ばすことによって、相手を浮かせ、かつバランスを崩しておくことが重要であると分かりました。
力を抜いた剣の上げ下ろしが出来ることを目標として、力の入った練習をしていきたいと思います。

漢詩韻

漢詩は、日本の文学に多大な影響を与えており、現在でも様々な形で残っています。
『春暁』は、私が高校生のときに国語の授業で最初に教わった漢詩で、特に一句目は、そのまま用いられるほど有名です。

春暁   孟洪然
春眠不覚暁 春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚えず
処処聞啼鳥 処処(しょしょ)啼鳥(ていちょう)を聞く
夜来風雨声 夜来(やらい)風雨(ふうう)の声
花落知多少 花落つること知る多少


<現代語訳>
春の眠りは心地良く、いつ夜が明けたか気が付かない。
外ではあちらこちらで、鳥の啼く声が聞こえる。
昨夜は雨まじりの風が吹いていた。
花がいったいどれくらい散っただろうか。

漢詩は、様々な規則に則って作られています。
まず、字数の制限があり、四句で構成されるものを絶句、八句で構成されるものを律詩といいます。
上に挙げた詩は、四句で構成されており、一句の字数が五文字なので、五言絶句と呼ばれます。
それから、漢詩には韻を踏むというルールがあり、絶句の場合は二・四句の最後の文字に同じ響きを持った漢字が使われます。
上の詩では、二句目の「鳥」、四句目の「少」に加えて、一句目の「暁」も韻を踏んでいます。
他にも、平仄式という漢字をグループ分けして使い分けるルールや、対句といって特定の句において意味を揃えるルールも存在します。

「漢字」という同じ音で多くの意味を表現できる文字だからこそ、こうした形や音を重視したルールが生まれたのでしょう。
字数の制限や押韻といった多くのルールを設けることによって、見てはバランスが美しく、聴いてはリズムが感じられる独特の構造になっています。

絶句では、一句目から順番に、起・承・転・結となるように構成されています。
作詩上のルールなど知らなくても、詩の内容を読むと、国や時代を超えて共感できる部分が沢山あり面白く思います。
眠りの心地良さは春に限ったことではありませんが、暖かい陽気に包まれ、目覚まし時計を迎えうとうと考える必要も無く、うとうと出来る朝は幸せなものです。
私は一度眠ってしまうと、雨が降ろうと槍が降ろうとフローズンフロート気付かないことが多いので、春の眠りから目覚め庭の花にまで思いが至る作者の感性には感心するばかりです。

<参考文献>
『漢詩を楽しむ』 著者:林田慎之助 発行所:講談社

朝焼け

占拠剣

昨日は長居公園で、M岡さんに剣術の稽古を付けて頂きました。
最初に、基本的な剣の持ち方や姿勢から教えて頂きました。
それから、公園に生えている樹木を相手に雷刀や回し打ちの稽古をしました。
弾力性のある樹木を打ち、当たった位置から受ける反発力によって、自分自身の力の入り方が分かりやすくなりました。

そして、お互いに距離を取り、間合いが近付いてから行なう合撃を練習しました。
一定の場所で合撃を繰り返すのとは違い、距離や高さを意識しながら幅広い視野で見なければならず、まるで別物のように感じました。
後ろに下がるときも、相手の首元に剣先をつける意識で行なうことで、再び近付いたときに、ちゃんと竹刀同士が当たることを面白く思いました。

その後、雷刀で構えた相手の手首を打つ練習をしました。
相手の剣を受ける際はむしろ攻めるように、攻める際は受けるように意識を持って行なうほうが、剣と身体が良い距離を保てることが分かりました。
攻める側では、常に相手に刃が向くように両手の近位指節間関節を意識して袋竹刀を持ち、相手の首筋から斜め下に向かって斬るつもりで行ないました。
振り下した後の位置だけでなく、相手に当たる前の位置から意識して落差を付けて振ることで、動作に大きな違いが生まれることが分かりました。
それは、相手の剣を受ける場合も同様であり、構えの基準にもなることが分かりました。
受ける側では、相手の剣が当たっても正眼の構えで持った剣や手をそのままの位置で置いたまま身体を近づけることで、自分自身の安定性を維持しながら攻められることが分かりました。
相手の振り下ろした剣との距離が近くても、構えが安定していれば受け流すことが出来ることを繰り返し体感することで、剣が当たることに対する恐怖心が薄らいだような気がします。

暖かい春の陽気の中、広い場所で思い切り身体を動かすのは気持ちの良いものでした。
剣術が生まれた経緯を考えると、外で行なうほうがむしろ自然なのでしょうが、私にとってはとても新鮮に感じられました。
M岡さん、指導そして相手をして頂いた皆様、昨日はありがとうございました。

感想文51

観照塾 2011.04.09
今日の観照塾では、袋竹刀を用いた稽古がありました。
その前に参加していた中心塾で教わった「伸ばす」ということを意識しながら、剣を振る練習をしました。
息を吸って剣を振り上げた後、腹側を伸ばした状態を保ちながら振り下ろすことで、剣と丹田との繋がりを維持できるようになり、攻めるときの重量感や受けるときの安定感に関わってくるように思いました。
また、今回は相手の雷刀を剣で受けるだけではなく、避けるということを教えて頂きました。
その際は、相手が剣筋を変えることが出来ない段階まで振り下ろしていることが重要で、タイミングは合撃の後手と同様であることが分かりました。
さらに、そこから反撃するためには、臍を相手に向けたまま軸をぶらさずに移動する必要があることが分かりました。
タイミングを取る難しさもさることながら、当たっても大したことはないと分かっているつもりでも、反射的に上半身が引く形になってしまい、それを抑えるのに苦労しました。
それから、相手に袋竹刀の先端を、壇中穴や中府穴の辺りに当ててもらい、それを押したまま前方に進むという練習もしました。
手で行なう合気上げとは、接点が違うだけで、一連の流れは同様であることが分かりました。
緩みを取ったり相手を浮かせたりといった動作は腹側の伸びによって行なわれ、前進するという動作は背側からの攻めによって行なわれることが分かりました。
もっと動作によって身体に起こっている変化を感じながら、剣を振る練習していきたいと思います。

学習内容02

中心塾 2011.04.09
今日の中心塾では、「伸ばす」ことの大切さを学びました。
最初に、長座位で足底を付けて向き合い、二つ折りにした帯を持ってお互いに引き合うという体験をしました。
無理に「引こう」とすると上肢や腹部に力が入りましたが、吸気とともに身体の腹側を伸ばす意識で後方に体重を乗せると、骨盤が体内で転がる感じで楽に引くことが出来ました。
その動作を充分に行なうためには、今まで教わった足部との連動や骨盤の締めや手の形や顎の位置といった、様々な条件を満たす必要があることが分かりました。

同様の動きで合気上げを行なってみることで、それが「後ろに引く」という動作のみならず、身体全体を連動させて行なう全ての動作に関わっていることが分かりました。
伸ばした状態を維持したまま体内操作によって次の動作に移ることで、相手との繋がりを途切れさせること無く、技を掛けたり施術を施したり出来ることを教えて頂きました。

その後、K野先生が参加者を順番に治療して下さいました。
実際に手を置いている部分と、その先に意識を置き、その二点を繋げたまま伸展することで、固まっている部分に直接触れなくても、動きが改善するということを教えて頂きました。
その際は、自分の意思で「伸ばす」のでは無く、バランスの変化に伴う相手の緊張が緩むのを待ち、自然に落ちていく方向を手助けすることで「伸びる」ようにすることが重要だと分かりました。

私の番になったので、施術をして頂く前に、仰臥位で自分自身の姿勢を観察しました。
足部の向きや肩の位置など、K野先生に指摘して頂いて初めて気付いた点がたくさんあり、自分自身の身体の観察が充分に出来ていないことを感じました。
身体の下方から順番に治療をして頂き、施術を受けている間、それが上方にも変化を及ぼしていることを感じることが出来ました。
治療後には、足部を動かしたときの上方への繋がりや、肩を回したときの軽さや、腹部への呼吸の入り方の変化を体感できました。

K野先生、今日も身体を深く知るための様々な体験をさせて頂き、ありがとうございました。
日常においても、「伸ばす」ということを感じながら、動作を観察していきたいと思います。

感想文50

観照塾 2011.04.02
昨日の観照塾では、引き続き剣術の稽古を付けて頂きました。
合撃の練習では、剣を振るときに相手の向こう側まで意識して行なう練習をしました。
相手が居るか居ないかを意識せずに動作を行なえると、無理に当てようとしたり、当たった瞬間に止めようとする意識が働かず、結果として「当てる」のでは無く、「当たる」に繋がるように思いました。
そして、受ける側には、剣が実物の長さよりも長いように見える、当たった部分を超えて衝撃が伝わるといった変化が生じるように感じました。
それから、雷刀の構えになった相手の手関節あたりを左右交互に打つという練習もしました。
骨盤を剪断させる動作が上半身に上手く伝わると、上肢の力に頼ることなく、竹刀を左右から振れることが分かりました。
練習する際は、左右いずれかに振った後、いったんニュートラルの位置に戻ってから行なうことが、動きの臨界を意識する上で重要であることを教えて頂きました。
また、剣の動きは剣を把持する両手の中央を支点としており、様々な動作の中でも、そこを中心として全身と剣との間のバランスが取れていることが分かりました。
そして、両肩のように幅が広い空間を攻める場合も、両手の間のように幅が狭い空間を攻める場合も、動作の本質は同様であることを教えて頂きました。
見た目上の動きの大小は、股関節の動きの大きさと対応しており、両手の中央はその範囲から外れることなく動いていることが分かりました。
教えて頂いている盛り沢山な内容を、自分の中で少しずつでも繋げていけるように練習していきたいと思います。

 

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