体験記09

センタリング呼吸法セミナー 2011.06.26
昨日の呼吸法セミナーでは、腹筋を緩めておくことの大切さを教えて頂きました。
最初に、自分自身の身体の現状認識を行なった後、仰臥位での腹式呼吸を行ないました。
腰部や背部に折り畳んだ座布団を挟み、腹筋の力を抜いた状態であると、吸気によって身体の腹側が伸びていくことを確認しました。
それに伴い、体幹では脊椎の反りや、骨盤の前傾や、肋骨の引き上げなどが一体となって起こっていることが分かりました。

それから、仰臥位で、両手を挙げた状態で脚を揃え、息を吸いながら側方に倒していきました。
身体の側面が伸びると、脚を倒した側と反体側の上肢が伸展し、体幹の動きが四肢に伝わっていることを感じられました。
運動を行なっている中で伸びにくい部分があれば、そこを伸ばすように意識することで、全体の動きを改善できることが分かりました。
実際に、腹部や側胸部の動きの悪い部位を圧迫して頂き、身体のあちこちを気付かない内に固めてしまっていたことに気付かせて頂きました。

それから、椅坐位での腹式呼吸を行ない、両脚を揃えての骨盤の前後屈や、開いての回旋の動きを観察しました。
膝関節に手を置くことで、その動きが下肢に伝わっていることを確認し、充分に伝えるためには、座ったときの骨盤の位置や、股関節や膝関節の角度が重要になってくることが分かりました。
腹筋に緊張が入らなければ、腹部に入る吸気の大きさや吸い上げる部位によって、それらの動きを調節できることが分かりました。

腹式呼吸を行ないながら身体の動きを観察することで、腹部だけではなく、下肢にも圧迫すると痛みを感じる部位が沢山あり、普段の身体の使い方を改めて見直す必要性を感じました。
骨盤や肋骨といった特定の部位を動かそうとするのではなく、呼吸に伴って全体が連動して動くことが理想であり、そのために腹筋を始めとする筋肉の不要な緊張を取り除いていくことが必要となってくるように思いました。
M岡さん、KMくん、昨日は多くのことを学ばせて頂き、本当にありがとうございました。

活動報告14

健康維持互助会 2011.06.26
昨日の健康維持互助会では、F本さんに鍼治療について教えて頂きました。
最初に、脈診や腹診などの診断法を教えて頂き、メンバーのその時の体調を確認しました。
そして、実際に太淵穴あたりに鍼をかざし、鍼の材質や刺入方向によってどのような違いがあるかを、脈や呼吸の変化を診ながら観察しました。
鍼に限らず、磁石を身体の近くに置いておくだけでも、刻々とバランスの変化が起こっていくことに感心しました。

それから、鍼を刺入する際の、押し手や刺し手の作り方を教えて頂きました。
どちらも、指の力を抜いた状態で、母指と示指によって正円を作ることを目指して行ないました。
肺経や大腸経ではなく、上肢の三焦経を張ることによって、母指の橈側と示指の尺側が締まり、それに伴い他の三指の向きや手関節の角度も決まってくることが分かりました。
私は、押し手を作ったときに目に入りやすい手背側ばかり見てしまっていましたが、実際に患者様に触れる手掌側の意識の大切さを教えて頂きました。
そして、鍼治療を行なう際の、自分自身の姿勢や位置の取り方などを、合気道と関連させて教えて頂きました。
上肢においては、押し手と刺し手を吊り下げるために陽経を張り、感覚を高めるために陰経を緩めておくことが大切だと教えて頂きました。
そして、それを実現するためには、意識の集中する方向に臍の向きを合わせたり、上半身を脱力するために下半身による土台を形成しておく必要があることが分かりました。

今回の健康維持互助会では、鍼治療において、鍼を刺入するまでの準備がいかに大切かを教えて頂きました。
そして、鍼によって治療を行なっているのではなく、鍼は術者の意識を通すための媒体であることを伝えて頂き、鍼に対する印象がずいぶん変わりました。
また、すでに知識として知っている内容もありましたが、その本質を理解しようとしていなかったことが沢山あることに気付かせて頂きました。
F本さん、昨日は大変ためになる勉強会を企画して頂き、本当にありがとうございました。

感想文61

観照塾 2011.06.25
今日の観照塾では、燕飛の浦波、浮舟まで通して教えて頂きました。
剣を上げるときも下ろすときも、常に体幹の腹側を縮めずに行なうことが大切であると分かりました。
疾雷刀を受けた相手を押し倒すときも、前方に進むのではなく、さらに腹側を伸ばして相手を浮かせることで、自分自身のバランスを保ったまま相手を崩せることが分かりました。
猿廻の足運びにおいては、軸を傾けずに円滑に移動を行なうためには、上げた足を下ろす位置は、思っていた以上に軸足の近くであることが分かりました。
そして、脚を上げる高さや方向もそれと同様に決まり、軸足の周りで小さな円を描くように行なう必要があると分かりました。
猿廻に限らず、小さな動きの積み重ねの結果として大きな打ち込みを行なうことが、途中での相手の動きや間合いに柔軟に対応していく上で大切であるように思いました。
それから、相手の行動に応じて、剣を自分の身体に付けてより強固に受けたり、片手を刀身に持ち替え間合いを詰めて攻めるといった変化も存在することを知りました。
最後に、袋竹刀や木刀を用いて燕飛全体を通しての相対稽古を付けて頂き、とても燕飛が出来るようになったとは言えませんが、以前よりは全体の流れを感じられるようになったように思いました。
また、他の方が燕飛を行なっておられる様子を、今月の最初の稽古で披露して頂いたときとは、また違った印象を持ちながら観ることが出来ました。
燕飛には、剣術のみ為らず、身体の使い方を学ぶ上で大切な要素がたくさん詰め込まれていることが分かったので、それらが身に付くように練習していきたいと思います。

陽気比

今日は、二十四節気で「夏至」に当たります。
最近は日に日に日が暮れる時間が遅くなっていることを感じていましたが、北半球では、本日が太陽の南中高度が最も高くなり、一年で昼間が最も長い日となります。
社会人には夏休みが無いことが残念ですが、私は暑いのは割と平気なほうなので、夏は嫌いではありません。
夏休みも後半になると、海水浴に行っても水温が低かったりクラゲが出始めたりして、夏の短さを寂しく思ったものですが、今考えてみると、夏至と暑さのピークが一致しないことがそう感じる理由だったのでしょう。

『陰陽説』では、身の周りの事象を陰と陽のバランスの変化として捉えており、太陽の周期はその最たる例となります。
冬至から夏至にかけては、「陰気」が衰え「陽気」が強くなるために「陰消陽長」と呼ばれ、夏至を過ぎると陰陽の変化が逆となり、夏至から冬至にかけては「陽気」が衰え「陰気」が強くなる「陽消陰長」と呼ばれる状態になります。
つまり、夏至が一年のうちで最も「陽気」が高まり、最も「陰気」が衰える日ということになります。

東洋医学は『天人合一思想』と呼ばれる考え方を基盤としており、人間の身体の状態を自然現象と密接に結びつけて捉えています。
陽は、陰に対して上がる、広がる、明るい、暖かいといった性質がありますが、それは人間の心身においても例外ではありません。
人体における「陽気」は、身体の上部に多く存在し心や肺の働きと関連が深く、身体の外側に多く存在し外邪から身を守る、体温を保つといった作用があるとされています。

季節の変化に合わせて陰陽のバランスを保つためには、夏の「陽気」が高まった時期は、「陽気」を発散することが良いとされています。
具体的には、程よく運動したり、外に出掛けたり、汗をかいたりすることが、それに当たるでしょう。
冷房のかかった部屋で一日を過ごしたり、冷たい飲食物を摂りすぎたりして、充分に陽気を発散できないと、身体内部に熱がこもって頭痛や不眠や下痢といった症状を引き起こします。
また、「陽気」を発散するほど良いというものではなく、過度な労働や感情の昂ぶりによって、「陽気」が頭に上って目まいを起こしたり、「陽気」が不足して外邪の侵入を許してしまう危険性もあります。
「陽気」が多すぎても少なすぎても身体の不調をきたすため、その時々の時候に合わせて、「陰気」と「陽気」とのバランスが取れ、互いに交流している状態が健康であると言えます。

長期の天気予報によると、今年の夏は例年以上に暑くなるそうです。
太陽からの「陽気」を充分に受け取り、疲れ切らない範囲で陽気に楽しんでいきたいものです。

<参考文献>
『東洋医学概論』 著者:教科書執筆小委員会 発行所:医道の日本社
『素門ハンドブック』 著者:池田政一 発行所:医道の日本社

日時計

感想文60

観照塾 2011.06.18
今日の観照塾では、燕飛の山陰・月影までを学びました。
足運びにおいては、前に出している側の足の働きが、非常に重要であることが分かりました。
母趾の向きによって力の伝わる方向が左右されるだけではなく、体幹を捻ることなく前方に体重を移動させるためには鼠径部での引き込みが必要だということが分かりました。
剣を正眼で構え、一打三足で相手を押す練習もしました。
上肢の外枠をしっかりと決めた上で、臍を正中に向けながら、相手のずっと後方まで通す意志を持つことで、途中で緩みが生まれることなく前進できることが分かりました。
それから、形を決めず、構えの空いている部位に打ち込んでもらい、それに対応する稽古もしました。
相手の胸元を見て、剣筋を予測しながら準備していくことで、動き始めるのが後からであっても充分に対応できました。
また、相手の構えによっても距離感が違って見えることが分かり、適切な間合いを取ることの難しさを感じました。
最後に、燕飛を途中まで通して行ない、それまでに稽古した内容が全て含まれていることが分かりました。
それぞれの型の名前の由来も交えて教えて頂き、技をイメージを持って見れるようになったと共に、身体の動きや形状を自然の現象に見立てた古人の感性に感心しました。
情報量の多さにすでに混乱気味ではありますが、燕飛がこのような形に作られた流れを大切にして練習していきたいと思います。

鼻勝負

ある日のこと、口が鼻に向かって不平を口走りました。
「鼻に言いたいことがある。オレは、お前のほうが上に配置されていることが気に入らないんだ。オレなんて三度の飯を口に入れて皆を養っているというのに、どうして顔の一番下に配置されているんだ?」
すると鼻は、フフンと鼻で笑い、
「一日に三回くらいで、口うるさいやつだなぁ。俺なんて二十四時間、呼吸し続けているんだよ。俺のほうが上で当然じゃないか。」
そうして言い争っていると、ふと上に目が居たことに気付きました。
鼻は、鼻息を荒げて言いました。
「おい、目よ。君は何もしないのに、なんで俺たちより上に居るんだ。」
目は、目の色を変えて言い返しました。
「なにを言うんですか。僕は、皆が怪我をしないよう監視しているんですよ。壁にぶつからないかどうか、食べても大丈夫かどうか、僕が目を光らせているから、皆が安全に生活ができるのではありませんか。だいたい、口が目より上に居れば、味噌汁を飲む時はどうすると言うのです。」
三人で議論していると、自分たちより更に上に眉毛が居ることを思い出しました。
「そうだ、忘れていた。あいつはどう見ても何もしていないぞ。」
「本当だ。何もしていないのに一番上に居るとは、どういうことだ。」
すると眉毛は、眉一つ動かさずに答えました。
「はい。私はいつも、皆様方に感謝しております。」



これは、誰しも単独では生きていけず、それぞれが大切な役割を持っているということを説いた仏教の教えを改変したものです。
芽が出て、葉が伸び、花が咲く。
咲いた花の名前は、・・・皆様のご想像にお任せします。

ハナショウブ

感想文59

観照塾 2011.06.12
昨日の観照塾では、引き続き燕飛を中心とした剣術の稽古がありました。
今回は、猿廻やそこに至るまでの動作を一つずつ分解して教えて頂きました。
正眼や城郭勢の構えでは、自分自身の意識がどれだけ全身にくまなく行き渡っているかで、隙の有無に変化が生じることを感じました。
そして、常に相手のどこを狙っているかを具体的に意識しながら行なうことで、型として覚えなくても自然に燕飛の動きに近付くことが分かりました。
一打三足では、相手との間合いが近かったり遠かったりすることが多く、自分の一歩の幅や剣先までの距離さえ充分に把握できていないことが分かりました。
また、私が雷刀で構えるとき、身体を伸ばすつもりで外枠だけが伸びてしまっていたためにバランスが崩れてしまっていたことを教えて頂きました。
頭の上に手を置いて頂き、呼吸によって自分自身の体幹の内部が伸びていることを感じる練習をしました。
外枠ではなく内部が伸びると、むしろ下半身は下方に押し付けられるため、足元の安定感が生まれることが分かりました。
相対稽古を行なう中で、一つ一つの型も、相手が居てこそ成立していることを感じられました。
これから一人で練習するときも、そうした意識を持って行なうように心掛けたいと思います。

学習内容04

中心塾 2011.06.11
今日の中心塾では、剣術と治療を関連付けて指導して頂きました。
最初に、袋竹刀を用いて剣の持ち方から練習しました。
両手を横隔膜より上に上げ、胸の前で袋竹刀が地面に対して垂直になるように把持することで、剣と自分自身の軸を合わせることを教えて頂きました。
そうして感じた軸を意識しながら腕を前方に伸ばしていくと、中段の構えとなることを教えて頂きました。
その際は、両手の中央を意識することで引きと攻めが生まれ、労宮が薬指の付け根と釣り合うように剣を握ることで手関節が決まり、剣に体重が乗ることが分かりました。
また、前進するときは、前腕後面を意識することで上肢の外枠が保たれ、背部を意識することで意志が前に出過ぎることなく進めることが分かりました。

それから、天狗抄の一つとして、中段の構えからお辞儀をする動作を練習しました。
骨盤の傾きによって上半身を前方に倒し、出来るだけ臀部を上方に上げるように意識しながら動作を行ないました。
私は体幹を前屈すると膝が突っ張ってしまうことが多く、上半身の外枠を維持しながら剣に重みを乗せ続けるのは難しいものでした。

そして、中段の構えから、片膝立ちの姿勢になることで剣を振り下ろす練習をしました。
立てた側の下肢を後方に引くことで、鼠径部を締めたまま、さらに股関節を動かせる余地が存在することが分かりました。

その後、K野先生が順番に治療をしてくださりました。
地球における緯度と経度のように、関節を球体としてラインを捉えることで、身体を立体的に診れることが分かりました。
それによって、例えば身体後面から行なった臀部を球形に近付ける治療によって、身体前面の鼠径部が締まるといった変化が起こることがよく分かりました。
治療風景を見学していると、前半に教えて頂いた剣の持ち方や股関節の使い方などと一致する部分が多く、身体作りの大切さを改めて感じました。

今日も、剣術や治療をはじめとして多くのことを学ばせて頂き、ありがとうございました。
また、治療をして頂いたおかげで、膝関節が突っ張っていない状態を感じながら過ごすことが出来ました。
自分自身でも良い方向に調整できるように、身体の状態を観察していきたいと思います。

歩検証

私は、以前から「歩くこと」が好きです。
次の目的地まで一駅二駅くらいの距離なら交通機関を使わずに歩くほうを選ぶことが多くあり、旅行に行ったときは何時間かひたすら歩き続けていることもあります。
特に、交通費を出し惜しんでいる訳でも、運動不足を気遣っている訳でも、他人に頼らず自分の足で歩いて行こうという信念がある訳でもありません。
あまり知られていない名所でも、街角の古本屋でも、変わった形の石ころでも何でも構いませんが、電車やバスで移動すると見逃してしまうような発見があることを、心のどこかで期待しているからかも知れません。
地図で確認した場所であっても、実際に歩いてみると思いのほか遠かったり、道に迷ってしまい予定より時間が掛かってしまうこともよくあります。
しかし、見慣れた土地ではそうした経験をすることさえ出来ないと考えると、それもまた旅行の一つの醍醐味であると言えると思います。
景色を眺めながら歩いている内に、身体の不調が改善していたり、考えがまとまったりしていることもよくあります。
適度なペースでの歩行は、身体のバランスを整えたり、思考のスピードを合わせたりしやすいのかも知れません。

私は長時間歩いてもあまり疲れを感じないほうですが、最近、歩いているときに様々な部位に余分な力が入っていることが気になるようになりました。
特に下腿の後面に力が入っていることが多くありましたが、気付いたときは末梢から順に力を抜いていくように心掛けています。
結果として骨盤内に意識を集めることで、骨盤の回旋を調節できるようになり、それによって、なるべく脚に力を入れずに歩くようにしています。
また、意識の持ちかた次第で、歩き方が大きく変わることを面白く思います。
「早く歩こう」と思うと脚に力が入ってしまうことが多いですが、平地を歩いていても下り坂を下っているような気分で歩くだけで、楽に歩く速度が上がることを感じられます。
おそらく体幹に対する意識や丹田の向きが関係するのでしょうが、それだけで手の振り幅まで変わってしまうのは不思議なものです。

歩道で、前を歩く人、すれ違う人を眺めていると、歩き方も人それぞれであり、歩き方にはその人の身体の状態だけではなく、精神の状態も大きく反映されていることが分かります。
「歩く」というありふれた動作の中にも、自分自身の変化を感じながら日々を過ごしていきたいと思います。

下り坂

感想文58

観照塾 2011.06.04
昨日の観照塾では、燕飛を中心とした剣術の稽古がありました。
前半は、袋竹刀を持ち、相手との接点において、付ける、入れる、抜くという練習をしました。
皮膚の表面ではなく芯を捉えて擦るためには、丹田と、剣を持つ両手の中間と、相手との接点の三つを一致させて動かすことが必要であることが分かりました。
また、受ける側も付けることを意識しながら行なうことで、自分自身だけでなく、相手の姿勢や身体の使い方も大きく変化することが分かりました。
後半は、燕飛の実演を見せて頂き、始めの部分を練習しましたが、自分自身でやってみるのは見た目以上に難しいものでした。
相手に剣を向けているときも、剣を振るときも、剣を捌くときも、剣が相手と接触しているかどうかに関わらず、常に付け続けるように意識することで、相手の動きを牽制できることが分かりました。
かわすときは、剣筋が変えられない段階で相手の足のやや外側に踏み出すことで、相手に余裕を与えず、かつ自分自身が危険でない位置に移動できることが分かりました。
そうした、お互いの駆け引きが行なわれているために、剣の位置や間合いといった変化が生まれ、一連の流れとなることを感じることが出来ました。
昨日は、燕飛を段階を踏んで教えて頂けたことで、燕飛の動作に、剣術を学ぶ上で大切な要素が詰め込まれていることがよく分かりました。
形として覚えるのではなく、一つ一つの動作の意味を考えながら剣術の稽古に取り組んでいきたいと思います。

本の紹介14

風の谷のナウシカ

『風の谷のナウシカ』

著者 宮崎駿
発行所 徳間書店

漫画はジャンルを問わずよく読むほうですが、これほど独自の世界観が上手く表現されている作品は見たことがありません。
それは決して現実離れした世界ではなく、身の回りで起こっている環境問題や他民族・他宗教間の争いとの関連性も見て取れ、考えさせられることが多くあります。
全編を通しての大きなテーマは「自然と人間の共存」だと思いますが、作者の連載中での試行錯誤の結果として、自然崇拝ともエコロジー思想とも異なる結末に至っています。
次第に流れの中心に引き込まれていく主人公と、それに伴って世界の謎が解けていく展開が見事で、ついつい考え込みながら読んでしまいますが、単純に娯楽として楽しめる作品だと思います。

 

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