本の紹介16

米朝ばなし

『米朝ばなし 上方落語地図』

著者 桂米朝
発行所 毎日新聞社

『池田の猪買い』の中で、池田への道筋を教えるのに、「淀屋橋、大江橋、蜆橋と、橋が三つある。これを渡るとお初天神が見えたあるな。お初天神の西門のところに、紅卯というすし屋の看板が見えたある。これが目印や、そこから北へずーっと一本道。まっすぐに抜けたら、それが池田へ行く道や。十三の渡しに三国の渡しと、渡しを二つ越える・・・」と説明している。十三という地名は、淀川の上流から数えてちょうど十三番目の渡船場があり、十三番目の渡しが、いつの間にか、十三となったと聞きました。
~十三


上方落語に出てくる近畿地方の地名を、多くの噺や、舞台となった当時の状況と絡めて紹介されています。
落語の噺の内容をより深く知るための参考となるだけでなく、その反対に、落語という視点を通してその土地の歴史や文化を覗き見ることが出来ます。
私にとって馴染みのある地名が多く、それが当時の人々にとってはどのような場所であったかを感じることができ、とても面白く思いました。
また、フィクションであるはずの落語の噺の多くに、これほど具体的で詳細な背景の設定がなされていることに、落語という文化の持つ「笑い」以外の一面を見た気がしました。

体験記10

センタリング呼吸法セミナー 2011.07.25
今回の呼吸法セミナーでは、特に股関節の使い方が印象に残りました。
最初に竹踏みをしながら、「ロッキングチェア」を行ないました。
足を置く位置を変えたり、通常の立位に加えて内股や外股の姿勢も試しながら、それによって下肢の使い方やそれより上方にどのような変化があるかを観察しました。
下肢後面が突っ張らないようにするためには、足部の使い方や足関節の角度が重要であり、それによって初めて股関節も柔らかく使えるようになることが分かりました。
それから、お尻を突き出した姿勢で腰を下ろしていき、骨盤の前傾を保ったまま下肢の働きによって上体を起こす練習をしました。
私は、骨盤を前傾させたまましゃがむ動作がなかなか出来ず苦労しました。
私の場合は、下肢と体幹を近付ける動作において、骨盤の前傾を保てず、股関節の可動域が不充分であるために、それを腰椎の前屈によって補ってしまっていることが分かりました。

それから、帯を使って様々な体操を行いました。
長坐位で二つ折りにした帯を足底に掛けて、手ではなく、呼吸に伴う骨盤の動きによって引く運動を行いました。
帯という動作に対する制限があることで、呼吸に伴って身体が伸び縮みしていることが、より分かりやすく感じられました。
そして、開脚して同様の体操を行なうことによって、下肢において、私が使えていない部位や動作が存在することが分かりました。

また、息を吸い込み、保息したまま力を抜くことで、腹筋を固めずに動作を行えることが分かりました。
その状態では力を抜いたまま督脈の繋がりを維持できるため、それを軸として下肢の動きを上肢に伝えることが出来ることが分かりました。
M岡さんが腹式呼吸を行なっておられるときの腹部や胸部を触らせて頂き、上肢に限らず身体のどの部位においても、合気上げを行なう際の吸い込みと同様の状態が起こることに驚きました。

最後に、立位体前屈をしてみると、セミナーの最初に行なったときと比べてずっと付きやすくなっていたことに驚きました。
また、いつの間にか前日に寝違えで痛めていた肩背部も楽になっていました。
M岡さん、K元くん、昨日はありがとうございました。

活動報告15

健康維持互助会 2011.07.26
昨日の健康維持互助会では、立位でお互いに向き合って、相手の胸部に両手を当て押す練習をしました。
まず、押す力の程度や向きを変えても、力で押すだけでは相手は耐えることが出来ることを確認しました。
それから、前方に進むのと同時に、遠くに向かって声を出して動作を行なうという練習をしました。
近くの人に対して声を掛けるのと、遠くの人に向かって声を出すのとでは、意識の届いている距離が大きく変わり、それによって身体の動きにも変化が生じることが分かりました。
後ろから歩いてきた誰かが自分の真横を通る瞬間に合わせて、前方に進むという練習もしました。
少しでも早かったり遅かったりすると、しっくり来ない感じを受け、タイミングが合うと、横を歩いていく人の早さをもらったかのように楽に進むことが出来ました。
いずれの練習においても、押す相手よりも後方を意識して、そこに向かう意志と身体の動きを一致させることが出来ると、楽に前方に進めるということが分かりました。
普段、全ての自発的な行動を自分の意志によって行なっているように思っていましたが、意志と動作を完全に一致させるということがどれほど出来ていないかがよく分かりました。

その後、立位で両手を把持された状態で、相手との繋がりを観察しました。
自分の手関節の決まる方向、肘関節の決まる方向、と中枢に向かって順に追っていくことで、それに対応して相手の手関節、肘関節の自由度にも変化が生じていることを感じられました。
自分の身体の現状を一つ一つ感じていくことが、そのまま相手の身体の状態を把握することにも繋がっているということが分かりました。

後半の柔術研究会では、一教・二教・三教をはじめ、様々な柔術の技を学びました。
正面打ち第一教では、最初に相手の手刀を受ける手が、攻撃を止めるためではなく、接点において付けて浮かすという重要な役割を果たしていることが分かりました。
もう一方の手で相手の首へと繋げる補助をしていくことで、自然に相手が後ろ向きになり、動きを固められることが分かりました。
また、技を掛けるだけでなく、固められた状態から抜ける練習もしました。
自分の関節が動きやすい方向に抜けていくことで、鏡に映したように相手に全く同じ技が掛かってしまうことを不思議に思いました。

今回の勉強会で、技を掛けたり治療を行なったりする以前の段階での大切なことを学ぶことができました。
M岡さん、K元くん、昨日はありがとうございました。

句あれば落あり

私は、以前から落語を聴くのが好きです。
漫才やコントを観るのも好きですが、情景を積み上げて大きな笑いに結びつけるという点では、落語に勝る芸は無いように思います。
たった一人で、動作や道具が限られた中で、多くの登場人物や状況を表現し笑いを起こす技術にはいつも感心させられます。

私が初めて聴いた落語は、桂米朝の『地獄八景亡者戯』でした。
小学生の頃にカセットテープを買ってもらい、風邪で学校を休まなければならないときなどに、よく聴いていました。
『地獄八景亡者戯』では、主人公が様々な人々と出会いながら地獄を旅する様子を、面白おかしく描いています。
数ある上方落語の演目の中でも特に長い噺ですが、密度の濃い独創的な内容に途中で退屈することは無く、また、繰り返し聴いても飽きることはありませんでした。
音声だけで映像はありませんでしたが、声や音だけでも、まるで噺家の表情や動きが見えるようで、多くの登場人物のやり取りを楽しみながら聴いていました。
私は特に、「三途の川」を渡る際に、船頭の鬼が船の乗り賃を決めるというくだりが好きでした。
算数の九九をもじった駄洒落がふんだんに盛り込まれており、私が言葉遊びの面白さを自覚したのはその頃からだったように思います。

その後も、寄席に行ったり、CDやDVDを借りてきて落語を視聴したりすることはよくあります。
落語を聴くと、舞台となる時代は違っても変わらず身の回りに居そうな人柄、起こりそうな状況を、面白く描くことの上手さに感心します。
『質屋蔵』という演目では、仕事先の蔵から一合の酒を盗み飲みしている内に、繰り返し少量を運ぶのも一度に大量を運ぶのも、結果は変わらないだろうということで、酒樽ごと大八車で運び出してしまうという男性が登場します。
現実に同様の事件が起こると大きな問題となるでしょうが、その奔放な性格が噺の中ではとても面白く、また、憎めない人物として描かれています。
酒樽を盗まれた旦那も、その男性の行為を「何をすんねんな」と困りこそすれ、怒ったり訴えたりするという発想に至ることは無く、そうした人情味に溢れた落語の世界観がとても好きです。

多くの落語家が研鑽を重ねて作り上げられてきた落語を楽しめるということは、幸せなことだと思います。
生活する中で五×三や四×九じりもありますが、それを四×六時中、九×二するのではなく、笑うことで八×三していけたら良いですね。

東海道五十三次

感想文64

観照塾 2011.07.16
今日の観照塾では、合気体操を中心とした稽古がありました。
「ロッキングチェア」や「天地人の串刺し」では、身体が伸びる感覚を学びました。
自然に伸びていく方向では、途中の経路のどこにも力が入ったり突っ張ったりすることがなく、腹部まで連動して動くことが分かりました。
相手の動作を手伝う際も、行き詰らない方向への移動や回旋を補助として付いていくだけで、肩部、頚部、胸部、腹部と順番に引き連れて自然に股関節まで繋がっていくことが分かりました。
「でんでん太鼓」や「亀と鶴」では、股関節を上手く使えることの重要性を学びました。
下肢の内側や後側を手で触れながら動作を行ない、下肢の動きが上方にどのように伝わっているかを観察しました。
下半身を柔らかく使うためには鼠径部でのくわえ込みが重要で、それが骨盤から上半身への繋がりを伝えるためにも必要な要素であることが分かりました。
「噴水」や「朝顔」では、手の形と肋骨の締めが対応していることを学びました。
肋骨が締まる手の位置や形は限られており、それを追っていくことが呼吸のしやすい姿勢や身体の伸びやすい方向にも結び付くことが分かりました。
呼吸のしやすさや身体の伸びや肋骨の締まりといった事柄を一つ一つ感じることが不充分であったことが分かったので、それらを確認しながら合気体操に取り組んでいきたいと思います。

桃現況

今年も、桃の季節がやってきました。
私は、よく夕食後にデザートを食べますが、果物の中では特に桃が好きです。
冷蔵庫に数時間入れておいて、手で皮をむいて、そのまま食べるのが、最も美味しいように思います。
すぐにそれと分かる独特の香りも、柔らかい部分の淡い甘味も、種の周りの硬い部分の酸味も、なんとも言えず良いものです。
缶詰やゼリーやジュースなど桃を使った食品は色々ありますが、やはりそのまま食べるのが格別です。

桃の原産地である中国においては、昔から邪気を祓い、不老長寿の力を与える果実として親しまれていました。
漢方薬の材料としても桃の種や花が使われており、服用すると血行を改善する作用があり、特に婦人科疾患に効果があるとされています。
日本には縄文時代から伝わっていたとされ、食用として栽培され始めたのは明治時代以降であるようです。
子供の頃は誰しも、桃の中で育ったという桃太郎をうらやましく思ったものですが、桃は食べ物としてだけではなく、現在も多くの物語や風習の中に残っています。

そうして人々に元気を与えてきた桃の実も、それ自体は果皮が薄く、果肉が柔らかいため、外からの圧力にとても弱いものです。
少しぶつかっただけでも傷んでしまうため、丁寧に手で収穫され、大切に各地まで出荷され、慎重に店頭に並べられています。
白い保護材に包まれ、スーパーマーケットの売り場に並べられている様子は、まるでベビー服を着た赤ん坊のようです。

天候不順のため不作が懸念されていましたが、今年の桃の収穫量は平年並みのようです。
桃は、果物の中でも特に旬が短く、高価なので、年内にあと何回食べられるか分かりませんが、それも私にとっては季節のありがたみを感じられるキッカケの一つになっています。

桃

感想文63

観照塾 2011.07.09
昨日の観照塾では、木刀を用いた稽古がありました。
中段や正眼の構えから相手を押したり、相手に軽く抵抗を加えてもらい、木刀を上げたり下ろしたりする練習をしました。
私は、手の内や木刀の柄の付近までしか感じられていませんでしたが、もっと先端へと意識を移し、そこと丹田を一致させることが出来ると、抵抗に関わらず動かせることが分かりました。
そのためにも、腹側を縮めないことや、体幹の軸を形成しておくことが重要であると分かりました。
それから、様々な状況における合気上げを練習する中で、相手の抵抗力がゼロになる位置を探ることの大切さを学びました。
いったん手を離して相手が把持している剣が落ち着く位置を確認する動作と同様に、呼気と共に身体の内部の力を抜くことで、相手の力を無力化してから行動を起こすことが重要だと分かりました。
そして、吸気によって相手を浮かせるときも、浮かせた後に落とすときも、より通りやすそうな道にずらしてから行なうことで、楽に技を掛けられることが分かりました。
また、相手を手前に引くときは小腸経、側方に転ばせるときは三焦経といったように、常に相手を動かしたい方向を手部による圧力で先導していくことで、途中で行き詰まらずに技を掛けきれることが分かりました。
動作の有無に関わらず、身体における意識の偏りが大きいことが分かったので、それを減らせるように普段から気にしておきたいと思います。

学習内容05

中心塾 2011.07.09
昨日の中心塾では、体幹の軸の重要性について学びました。
最初に、竹踏みをしながら身体のバランスを観察しました。
身体の動かし方や足を乗せる場所を色々と変えることで、足底のどこに力が加わっており、どのようにバランスを取っているのかを感じました。
足底が地面にしっかり付いていると、自然に膝の力も抜け、下半身を柔らかく使えるようになることを感じられました。

その状態で「ロッキングチェア」を行ない、腹側を伸ばした状態を保つことで、仙骨から後頭骨に至る背側に張りが生まれることが分かりました。
それによって、上肢の力を抜いていても、骨盤の動きによって、指先まで力を伝えられるようになることが分かりました。
その軸を維持したまま上半身を前方に傾けるためには命門の、後方に起こすためには丹田の意識が必要となり、常に両者のバランスを取っていくことが重要であるように思いました。

それから、腹這いでの前進や、相撲の四股などの動作も、腹側を伸ばしたまま行なうという点で共通しているということを教えて頂きました。
四股においては、動きどころか同様の姿勢を取ることも困難で、股関節や膝関節や足関節をもっと柔らかく使えるようにする必要性を感じました。
また、体幹の軸を保ちつつ身体を前方に傾けるためには、内寛骨筋によって骨盤に体幹を引き付けるような、筋の逆作用を使えなければ同様の動作を実現することは難しいように思いました。

それから、K野先生が治療を行なっておられる様子を見学させて頂きました。
治療において、自分や相手の緊張を取り除くというためだけではなく、相手を浮かせたあと緩んでいく方向を捉えるための基準を作るという意味においても、体幹の軸を保つことは必須条件となることが分かりました。

K野先生、昨日も楽しく、ためになる講義をありがとうございました。
私にとっておろそかになりがちな背部にも意識を配分できるように、呼吸や体操を通して観察していきたいと思います。

本の紹介15

脳と心の地形図

『脳と心の地形図』

著者 リタ・カーター
発行所 原書房

脳の話は、どこが面白いのだろうか。
脳という視点から見ると、日常生活でわれわれが当たり前だと思っていることが、まったく違って見える。目からウロコが落ちるのである。
われわれは脳で世界をとらえているが、ふだんはそう思っていない。世界のほうが「そうなっている」と思っている。しかし、そうなっていると「思っている」のは、あなたの脳である。
~監修のことば


この本では、現在までに明らかになっている脳や意識についての研究結果を、分かりやすく解説しています。
学術的な説明だけではなく、脳の働きに関する不思議なエピソードや、絵や図を用いた遊びも盛り込まれており、楽しみながら読むことが出来ました。
左脳と右脳の関連や感覚の認識などの説明を読むと、私が最近学んでいる身体や意識の使い方とも繋がる部分も多く、とても参考になりました。
そうした新しく知る内容を面白く感じる反面、現代でも脳や意識については、まだまだ解明されていないことのほうが多いという事実に、ほっとするような感情も抱きました。
「ヒトゲノム」や「万能細胞」といった話題に関してもそうですが、生命の深部に迫る話題については、生命の尊厳を損なう方向に向かうのではないかという危惧や、ヒトの手で解明されるものであって欲しくないという期待が、心のどこかにあるからかも知れません。

感想文62

観照塾 2011.07.02
今日の観照塾では、ボールを使っての円運動を学びました。
立位で向き合ってボールを持ち、相手と一体となって「ロッキングチェア」を行なえることを目指して練習しました。
息を吸い込み前方の臨界点へ、息を吐き切り後方の臨界点へと、いかに自分自身のバランスを崩さずに大きく動けるかを意識して行ないました。
相手との揺れのタイミングがずれないようにするためには、前後の臨界点でも、相手との繋がりを途切れさせないように方向を切り換えていくことが重要だと分かりました。
それから、座位でボールを持ち、「六方円」の動きで相手を側方や後方に倒す練習をしました。
上肢の後面で相手との、前面でボールとの緩みを同時に取り、それを緩めずに体幹の動きによって動くことが出来ると、自分と相手とボールの動きが一致することが分かりました。
私は、相手との緩みを取った後、そのままの状態で手関節を固めてしまっていましたが、自分と相手との位置関係が変わるにつれて接点における圧力の分布も変化するため、上肢を柔らかく使い、その都度、調整を行なっていくことが必要だと教えて頂きました。
その際は、相手よりさらに遠くを意識して力を伝えることで、ボールは小さく相手は大きく動かすことが大切だと感じました。
また、相手を倒すだけでなく、行なった動作を巻き戻すことによって、相手を元の位置に戻すこともできることも分かりました。
観照塾後の夕食時にも、合気体操を行なう上での取っ掛かりを与えて頂いたので、来週に向けて練習しておきたいと思います。

 

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