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句あれば落あり

私は、以前から落語を聴くのが好きです。
漫才やコントを観るのも好きですが、情景を積み上げて大きな笑いに結びつけるという点では、落語に勝る芸は無いように思います。
たった一人で、動作や道具が限られた中で、多くの登場人物や状況を表現し笑いを起こす技術にはいつも感心させられます。

私が初めて聴いた落語は、桂米朝の『地獄八景亡者戯』でした。
小学生の頃にカセットテープを買ってもらい、風邪で学校を休まなければならないときなどに、よく聴いていました。
『地獄八景亡者戯』では、主人公が様々な人々と出会いながら地獄を旅する様子を、面白おかしく描いています。
数ある上方落語の演目の中でも特に長い噺ですが、密度の濃い独創的な内容に途中で退屈することは無く、また、繰り返し聴いても飽きることはありませんでした。
音声だけで映像はありませんでしたが、声や音だけでも、まるで噺家の表情や動きが見えるようで、多くの登場人物のやり取りを楽しみながら聴いていました。
私は特に、「三途の川」を渡る際に、船頭の鬼が船の乗り賃を決めるというくだりが好きでした。
算数の九九をもじった駄洒落がふんだんに盛り込まれており、私が言葉遊びの面白さを自覚したのはその頃からだったように思います。

その後も、寄席に行ったり、CDやDVDを借りてきて落語を視聴したりすることはよくあります。
落語を聴くと、舞台となる時代は違っても変わらず身の回りに居そうな人柄、起こりそうな状況を、面白く描くことの上手さに感心します。
『質屋蔵』という演目では、仕事先の蔵から一合の酒を盗み飲みしている内に、繰り返し少量を運ぶのも一度に大量を運ぶのも、結果は変わらないだろうということで、酒樽ごと大八車で運び出してしまうという男性が登場します。
現実に同様の事件が起こると大きな問題となるでしょうが、その奔放な性格が噺の中ではとても面白く、また、憎めない人物として描かれています。
酒樽を盗まれた旦那も、その男性の行為を「何をすんねんな」と困りこそすれ、怒ったり訴えたりするという発想に至ることは無く、そうした人情味に溢れた落語の世界観がとても好きです。

多くの落語家が研鑽を重ねて作り上げられてきた落語を楽しめるということは、幸せなことだと思います。
生活する中で五×三や四×九じりもありますが、それを四×六時中、九×二するのではなく、笑うことで八×三していけたら良いですね。

東海道五十三次

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