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色彩差異

私達の身体には、様々な種類の刺激に対する受容器が備わっており、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった感覚を使い分けながら、日常生活を送っています。
通常は、目によって物を見て、耳によって音を聴き、鼻によって匂いを嗅ぎ、舌によって味を感じることで、外界からの情報を得ることが一般的です。
しかし、中には、音を聴いたときに色が見えたり、文字を読んだときに匂いを感じたりといったように、特定の刺激に対して反応する感覚の他に、異なる感覚が生じる現象が起こりうることが知られており、そうした感覚は共感覚と呼ばれています。
共感覚の生じる理由としては、脳の発達段階で本来なされるはずの感覚の分化が充分に果たされなかったためであるとされ、そうした現象は限られた人々にのみ生じるとされてます。

けれども、共感覚のように異なる感覚がはっきりと結び付くことは無くても、誰かに対して「寒色系の服が似合う」とか「いつもより暗い感じに見える」といった発言は、日常においてもよく耳にします。
対象となる人物と、特定の色を結び付ける具体的な根拠を示すことは困難ですが、そうした印象が他人の感覚と合致することも、しばしば有ります。
もしかすると、誰もが無意識の内に、その方に対して抱いたイメージと、色や音や匂いといった異なる感覚に対して持っているイメージを繋ぎ合わせて、その方の全体的な印象として受け取めているのかも知れません。
そのように仮定すると、共感覚は一部の人にのみ備わった能力ではなく、誰もが感じているけれど気付いていない感覚だと考えることもできます。
身体を各部位によって使い分けてしまうのと同様に、成長する過程で、感覚も「言葉」によって分類してしまっているために、五感それぞれを区別して捉えてしまい、そうした現象を不思議だと感じているだけなのかも知れません。

そして、何となく感じるそうした印象と、実際のその方の心身の状態というのは、少なからず因果関係があるのでは無いかと感じています。
東洋医学の診断においては、望診や聞診として、患者さんの顔色や皮膚の色合い、声の音階、発せられる匂い等を、診断の材料として重要視しています。
古典においては、同じ黒色であっても、カラスの羽のような黒色と、煤のような黒色では、光沢や色艶が異なり、両者の間では予後に大きな違いが生じることが記載されています。
それらを診る上で、黒色を五行色体表の臓腑に当てはめるよりも、その方を診たときに感じた色の明暗や濃淡や寒暖から受ける印象のほうが重要なのでは無いかと考えるようになりました。
そして、それらを何らかの手技を用いて、意識的に変化できるように手伝うことが治療に繋がるのでは無いかと感じています。
何となく感じる根拠の無い感覚を大切にしながら、治療に臨んでいきたいと考えています。

梅

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コメント

やっぱり凄い!
すごく勉強熱心なことが読み取れる
文章ですねv-356
なんだか淡淡斎くんの方が年上みたいだ(笑)
触発されて、しっかり学びますv-290
ありがとうございます
きっと、そうした感覚を自然に感じている方にとっては文章化する必要も無いことなのでしょうが、私が気付いた事柄を整理しようとすると、どうしてもこのような内容になります。
おそらく私の頭の中は、ざるそばのように簡潔な配置がなされておらず、流しそうめんのような回りくどい構造になっているのでしょう。

私も、てるてるぼーずさんのお店のホームページや広告を拝見し、治療院の方針を考えていく上で、色々と勉強させて頂いています。
お互い頑張りましょう。

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