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一語一絵

私は、絵画を観るのが好きで、外出したときには美術館に立ち寄ることがよくあります。
観に行きたいと思っていた美術展を目的として出掛けることもありますが、たまたま通りかかった全く知らない画家や多様な作品を集めた企画展に入ってみることもあります。
何気なく入った小さな展覧会で、好きな画家や作品が見つかることもあれば、たくさんの作品が展示されていても、印象に残る作品に出会えないこともあります。
いずれにしても、絵画という目に見える形を通して、日常とは異なる世界観に触れられることは楽しいものです。

似たような風景や静物をモチーフにしていたとしても、それぞれの画家によって全く違った表現になり、観る側が受ける印象も大きく異なります。
同じ画家の絵画だけを集めた美術展であっても、全て同じような印象を受けることは無く、それぞれの作品によって感じ方が変わってきます。
一つの展覧会の中で気に入る絵画は、二周目で気付くということはほとんど無く、多くの場合が初見で目が惹かれ、最後まで回ってから再び観に戻りたくなります。
そうした作品に触れたときに、観る者に与える印象の強さの違いというのは、どこから生じているのか考えることがあります。

同じものを見ていても受け止め方が違い、同じものを表わそうとしても表現方法が違うことを考えると、誰もが異なるフィルターを通して外界と関わり合っていると言えます。
だとすれば、絵画という形として現れているものは、お互いが共有している世界を、いったん作品を描いた画家の持つフィルターを通すことで切り取られた現実の一部だと考えることができます。
そうして生み出された作品を通してフィルターを反対側から観たときに、その向こうに存在する作品に込められた情熱や心情といった作者の内面が伝わり、それが自分自身に通じるところがあったときに感動を与えてもらえるのではないかと思います。

面白そうな本を読んだり、気分に合う音楽を聴いたり、興味のある演芸を観に行ったりするのも、自分とは異なるフィルターを通して、その向こう側に触れたいという感情から起こっているような気がします。
一つ一つの動作や言葉にも、各々の持つフィルターを通した表現が少なからず含まれていると考えると、どのような形であれ、人と関わること全てに当てはまるのかも知れません。
様々な方々と交流させて頂く中で、自分自身の持つフィルターの厚みや色合いの変化を感じながら、物事に向き合っていきたいと思っています。

シャボン玉

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