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知る苦労度

私の実家は山あいの地域にあるため、冬になると雪がよく降り、多いときには一晩の間に数十センチメートルの雪が積もることもあります。
私は、小学生の頃はスクールバスで通学しており、自宅からバス停までの1キロメートルほどの坂道を歩いて通っていました。
普段は妹と二人で通学していましたが、朝起きて雪がたくさん積もっている日には、父や母が先導してくれて、バス停まで送ってもらっていたことを思い出します。
辺り一面が雪景色であると、道路とそれ以外の境界も曖昧になるため、道を踏み外したり、溝に嵌ったりする危険性がありますが、先につけてもらった足跡を踏んで歩くことで、足の着く底の深さや状態が分かり、安全な道筋を辿ることが出来ます。
歩幅や速度を合わせて歩いてくれている両親の後を、一歩先の足跡と一致するように意識しながら足を運んでいたことを覚えています。

ヒトの歴史が何も無い真っ白な状態から始まったとすると、現在、形成されているあらゆる文化が、数え切れないほどの先人の足跡の集積だと考えられます。
言葉や作品あるいは技や芸と言った形で残された足跡に触れることで、その道を通った人たちの考え方や生き方に思いを馳せることが出来ます。
新しい道を開拓し、何か一つのことを成し遂げるに至るまでの経緯を知ると、その重みには感じ入るものがあります。
そして、自己を省みたときに、自分自身に最も足りていないものは何かを考えることがあります。

全く違う分野においても、それらの道の辿り着いた先には共通する部分があるということを興味深く感じます。
そうした内容を参考にしながら、自分自身が進もうとしている方向を予測したり選択したりできることを、とても有り難く感じています。
誰も踏んだことのない雪の下にも道を見つけながら歩いていけるように、先人の足跡から「歩き方」を学んでいきたいと思います。

足跡

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