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富笑い道

大抵の人がそうだと思いますが、御多分に漏れず、私も「笑うこと」が好きです。
私自身は何一つ面白いことを思い付きませんが、テレビやインターネットといったメディアを通じて、または誰かと会話をする中で、あるいは身の回りで起こる出来事によって、よく笑わせてもらっています。
何かのキッカケで笑いのツボにはまると、何を見ても何を聞いても面白く感じてしまい、笑うことを堪えることが出来ない状態になることもあります。

変声期前は声が高かったので、笑い声もよく目立ち、爆笑を我慢するのに苦労しました。
小学生の頃、学級新聞に載せるために友達が描いた「ふわぷわげ」という漫画を読んで、授業中に笑いが止まらなくなってしまい、二人して担任の先生に怒られた記憶もあります。
一旦そこまでの状態に陥ってしまうと、こんなことで怒られているという現状そのものが可笑しくて笑いがこみ上げてくるので、もはやどうすることも出来ません。
その漫画をもう見ることが出来ないのが残念ですが、抜けた鼻毛が風に乗って世界中の色々な場所に飛んでいくという他愛も無い話だったと思います。
今思えば、どこがそこまで面白かったのか分かりませんが、「笑い」とは得てしてそういうものだと思います。
今でも、ふとしたキッカケで笑い転げそうになることは時々ありますが、周りの状況を見て、それをある程度は抑えることが出来るようになったのは、良くも悪くも大人になったということでしょうか。

改めて考えてみると、「笑い」というのはつくづく不思議な感情だと思います。
「笑い」が起こるには一定の条件が整っていることが必要で、心身ともにリラックスした状態で無いと、心の底から笑うことは出来ません。
また、「笑う」という行為が、ストレスの解消や免疫力の増加といった身体への良い影響を及ぼすとも言われています。
「笑う門には福来る」ということわざには、そうした意味合いも含まれているのかも知れません。
「怒り」や「悲しみ」が起こる原因については、万人に共通するであろう事柄がある程度は思い当たりますが、大笑いするキッカケは千差万別であると思います。
他の感情に比べて、その人の考え方や今までの経験に左右される部分が大きいのでしょう。
人体における経穴の位置は大体覚えていますが、笑いのツボに関しては、一体どこにあるのか皆目見当も付きません。

私が好きな漫才のネタを文章に書き起こして紹介しても意味をなさないので、具体的に説明することは困難ですが、あえて自分の笑いのツボを分析してみると、自分が考えもしなかった状況や言葉に面白さを感じるような気がします。
だからといって、現実離れした設定や奇抜なキャラクターを求めている訳ではありません。
私が予想していた展開から絶妙なズレがある、状況の変化や言葉の選択あるいは間の空き方に遭遇したときには思わず笑っています。

日常のありふれた光景や会話の中にも、ふと視点を変えると、面白いと思えることがたくさんあります。
柔軟で弾力性があり半透明な観点の向こう側に見える滑稽な世界に目を向けながら、日々を楽しく過ごしていきたいと思っています。

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